右脳の解放

スポーツサイエンティスト,衣笠泰介が日々感じること,感動した言葉,音色,風景などを思いのまま綴る. Think globally, act locally

[http://mainichi.jp/select/opinion/eye/news/20100923k0000m070121000c.html:title=記者の目:第1回ユース夏季五輪=井沢真(東京運動部)@毎日]

 国際オリンピック委員会(IOC)が新設した若者の祭典、第1回ユース五輪夏季大会が、8月14〜26日にシンガポールで開かれた。競技だけではなく、教育や交流を重視した新たな五輪の取材を通して、人間的な魅力を備えた未来のオリンピアン育成への道筋ができたと感じた。

 ユース五輪は五輪同様、夏冬とも4年に1度開かれる。IOCのジャック・ロゲ会長が01年の会長就任時から温めてきたプランだった。本家の五輪は過剰な商業主義による肥大化、勝利至上主義の重圧によるドーピング(禁止薬物使用)のまん延など、多くの課題を抱えている。娯楽の多様化に伴い、テレビやゲームなどに夢中になる「スクリーン病」と呼ばれる子どもが増え、若者のスポーツ離れも深刻だ。ユース五輪には、こうした流れを食い止め、スポーツに文化や教育を融合させて人間的な成長を促す五輪本来の価値を見つめ直す狙いが込められている。

 ◇「勝利至上」避け、交流・教育重視
 205カ国・地域から参加した14〜18歳の選手約3500人は五輪と異なり、全員が閉幕まで選手村に滞在した。自分の競技終了後も、友情やフェアプレーなどを尊ぶ五輪精神の学習や反ドーピング教育、世界のトップ選手との交流会など多様な文化・教育プログラムを受けるためだ。

 トライアスロン女子で大会第1号の金メダルを獲得した佐藤優香選手(18)=トーシンパートナーズ・チームケンズ=も、こうしたプログラムに積極的に参加した。英語は不慣れだったが、近隣の島で外国選手と一緒にドラム缶で即席のいかだを作って海へこぎ出し、交流を深めた。金メダルを獲得した直後には「海外の選手は怖い印象があって、コンプレックスがあるんです」と漏らしていたが、大会終盤に選手村で会った際には「外国の選手と交流できて楽しかった。壁も少しずつ無くなりました」と、声のトーンが上がっていた。競技外での貴重な経験は、金メダルにも等しい価値がある。

 今大会は、各国・地域別のメダル獲得数の公式発表はなかった。勝利至上主義に陥ることを避けるためで、IOCは「国家間のメダル争いには興味がない」と強調した。

 私も10代の若者を取材するうえで、メダル争いに固執しないように心掛けた。男女混合や大陸別団体戦などユニークな種目がもたらす国境を超えた連帯感、遊びの要素を取り入れた、若者に人気の3人制バスケットボールの魅力など勝敗を超えた取り組みを報じた。陸上競技では、日本勢が計三つの銀メダルを獲得した日もあったが、男子三千メートルでアフリカ勢との互角のレースで4位に入った西池和人選手(17)=兵庫・須磨学園高=にスポットライトを当てた記事を書いた。メダルの輝きに負けないレース内容に共感したからだ。

 大会のスリム化も特徴の一つだった。1カ国の出場人数は個人種目で全種目を通じて70人以下、チーム競技は2チームまでに絞られた。一部で出場枠の増加を求める声も聞かれたが、五輪でメダルを取ったことのなかったサウジアラビアの女子選手が馬術で銅メダルを獲得するなど、メダルは98カ国・地域に分散した。ユース五輪で、これまでは日の目を見なかった国や地域に活躍の場が広がったことは、一つの成果だろう。

 閉幕前日の8月25日。ロゲ会長は選手村を訪れ、各国・地域の選手代表約200人との交流会に出席して、こう呼びかけた。「スポーツは人が成長するための素晴らしい手段になる。自分たちの国に帰ってもユース五輪の精神を持ち続け、友人に経験を伝えてください」

 ◇参加者の経験 同世代で共有を
 各選手がユース五輪の伝道者になることは素晴らしい。ただ、10代の多感な若者には気恥ずかしさもある。「自分から周りの人に話すと、自慢しているように思われる」との悩みも聞いた。将来の財産になる貴重な経験をいかに同世代の選手で共有し、波及効果を高めるか。競技団体側がサポートし、交流会など気軽に体験を話せる場を設けてはどうかと思う。

 4年後の大会には、さらに多くのトップ選手の参加が見込まれる。しかし、勝負重視の傾向が強まると、教育、交流といった理念が軽んじられる恐れもある。単なる五輪のミニチュア版では、創設の趣旨からずれてしまう。選手の人間的な成長など長期的な視点で見守るべきだと思う。

 他の国際大会との重複を避けるための日程調整、スポンサー獲得による財政基盤の担保など現実的な課題は多いが、揺らぐことなく理念を引き継ぎ、将来の五輪改革につながることを期待したい。